2012年04月29日

馬場育三

書こう書こうと思ってたけどなかなか向き合う事が出来なかった

書き記しておかないとってずっと思ってた
俺は忘れる事なんて絶対ないけど
当然ファンで知ってる人も、もしもまだ知らな人にも、これから知る人も
そんなロックでぶっ飛んだ人が生きてたって事を
ROTTENGRAFFTYの人生にとっても
多いに関わってた馬場さんの話をしよう


4月21日、午後10時55分
Dragon AshのベースIKUZONEこと馬場さんが亡くなった。。。
46歳で丁度俺の10歳違いって事で印象深く出会った頃から認識してた
訃報を聞いたのは電話でだった
気づいたら「嘘ぉおおおおお!!」って交差点で叫んでた。。。
時が一瞬止まった。。。
そっから頭の中は19日のライブから打上げ
そして出逢いからの無数の時が一気に雪崩の様に
頭ん中でフラッシュバックしてった。。。

19日渋谷GOLDファイナルのその1日は
感慨深く一瞬一瞬が鮮明に残る1日だった
打上げも多いに今までやって来た皆の夢や想いがシンクロして
幸せと笑顔が満ちた夜に酔いしれてずっと湧きあがってた
ポジティブしかそこにはなくて多いに盛り上がってた
それがようやく落ち着き出した頃に
ふと馬場さんと俺は語り始めた
曇りの無い目で見合って「ありがとうございました」と乾杯をした
プロデュースしてくれてた時期もあって
長年ROTTENGRAFFTYを深く知っててずっと気にかけて愛してくれてた
先輩だが本当に優しく遊び心を知ってる俺には年の離れた
兄ちゃんみたいな存在だった

出会った当初、東京でRECかライブ終わりに
馬場さんとメンバーで飲んだ時に二人で
延々と話し込んでて俺がエゲツナイ睡魔と酔いにやられて
話の途中に俺が眠りこんだ事がある 
今考えると先輩の話の途中に爆睡こくなぞ超ファンキーな畜生である
馬場さんはそんな孫悟空状態の俺を
菩薩の如くおおらかに包んでくれたのを憶えている
正直ムカついてたかも知れんが。。。笑
何か俺には凄い自然にずっと包んで見据えてくれてた印象しかない
その日の打上げの馬場さんは弟子の成長を心から喜ぶ恩師に映ってた
そして今後の課題やバンドへのアドバイスをしてくれてた
自分達では気づいてない弱点だとか盲点だとか。。。
俺も心を丸裸にして聞いてそして思いのたけを喋った
真剣に向き合って話してた この感じが久々で何か妙に懐かしかった
その時はボンヤリな部分もあったけど今になるとハッと明確に理解出来て
俺なりにそうなれるように近づいて強くなっていこうと誓った

打上げ終わりの階段での一言がずっと突き刺さって響いてる
伝え終えた後の馬場さんは少し心残りそうなとても寂しそうな目だった
そんな最後の別れだった。。。

続きは次回だとか
また今度会えるだろうとかには何の保証もなく
会えてる時が以下も以上もなくそれが全部で
当たり前の様な再会や出逢いってのは実は簡単じゃなく
大袈裟かも知れないが
巡り流れた奇跡の連続で合流出来てるのかも知れない
正に今日生きてる精一杯と別れ際までの感謝を教えられた
出逢った人、これから出逢う尊き愛しき人への精一杯と感謝を。。。

人の死だけは唐突に残酷で誰も操れない
天命だと納得し自分で立ち上がるしかない
その分まで抱えて死ぬ程生きぬくしか無い
不思議とあの時折みせるニンマリ顔で
天から見守ってくれてる気がしてならない
天国であの赤と青の馬場パワー漲らしといてください
あの日MCで言った様に俺達はもう止まる事を忘れた。。。
俺達が走ってるって事は馬場さんが俺達の作品に散りばめてくれた
SOULは生き続けてまだまだ受け継がれて伝わってゆくって事だ

丁度10年前 引き寄せ合う様に
馬場さんと出逢えて本当に良かったです
一緒の時を過せた事は誇りでとても大切な宝物です
出逢ってから無数の数えきれないぐらいの
大きな沢山の愛を本当にありがとうございました

どうぞ安らかに

馬場さん

心よりご冥福をお祈りします

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posted by NAOKI at 05:13| 京都 | LYNCH-QUIZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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